コラム

2010年もどうぞよろしく

 みなさん、こんにちは。随分御無沙汰でした。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 言い訳になってしまいますが、私は何かに夢中になると、他のことに気が回らなくなる子供みたいな性格で、11月にエチオピアから帰国して以来、そんなことに頭をいっぱいにしてました。

 そのひとつがベガルタ仙台のコーチ派遣です。J2で優勝、J1昇格を決め、さらに暮れの天皇杯では準決勝でガンバ大阪を翻弄したベガルタ。昨年9月より、ベガルタのコーチをエチオピアに派遣してサッカー教室をやってもらう事業の準備がスタートしていましたが、本当にスタートが昨秋で良かった。今ならきっと相手にしてもらえませんでした!

 ちなみに、JリーグがNPOと組んで海外派遣事業を行うのはこれが初めての試みだそうです。是非成功させて、他の地域でもクラブチームとNPOが協働で社会貢献できるいい事例になればと願ってます。またこの事業では日本とエチオピアをつなぐいろんな仕掛けを考えていますので、順次紹介してまいります。お楽しみに!

 

エチオピアでサッカー教室を

サッカーコーチ派遣企画.JPG

920日、ユアテックスタジアムは人の波で埋まっていた。サポーターらが作る絵文字やウェーブを見ていると、感動で目頭が熱くなる。この日栃木FCとの試合に16000人を超える観客が仙台市泉に集まった。13時キックオフだというのに、朝からゲートには行列ができていた。10時半になると続々観客が入場してくる。私たちフー太郎の相馬支部の6名は、メインゲートに程近い通路に2台の机を頂き、朝各自がポットに詰めてきたコーヒーやエチオピアのグッズを販売するのだ。

 というのも、エチオピアの子供たちにサッカー教室を開催してほしいという我儘を、ベガルタ仙台の斎藤美和子課長が聞き入れてくださり、20111月に2名のコーチを派遣することが了承された。そこで月1回、ホームのユアテックスタジアムに出店して旅費を募ろうという次第。おまけにスタジアムの出店料はベガルタさんが負担して企画を支えてくださることになった。

 そんなことで、スタジアムで売り子となった相馬支部の面々は、ラッシュアワーの新宿駅並に行き交う人の波に面食らいながらも、掛け声をかけながらコーヒーを売ったり、チラシを配ったり、大変な奮闘をしたのだった。

 ご存知のようにエチオピアはコーヒー発祥の地。その1番有名なTOMOKAのコーヒーは、香り高くコクがあり大変おいしいものだ。日本でも500gのパックが2000円で売られていると聞いた。その豆で入れたコーヒーが一杯100円とあって、用意してきた80杯はあっという間になくなってしまった。またエチオピ産のハイビスカスやカモミールのお茶も好評だった。

ところで、栃木FCとの試合は終始ベガルタが優勢で20で勝利した。現在J22位をキープしているベガルタ仙台だが、J1昇格を目指してサポーターの応援も益々熱くなっている。コーチ派遣の企画もこれから皆さんと一緒に盛り上げていきたい。次回の出店は1025日。スタジアムにお越しの際は、私たちのお店にぜひお立ち寄りください。

全国キャンペーン無事終了!

8月17日から2週間(通算177~190会場)開催された第11回フー太郎の森基金全国キャンペーンが無事に終わりました。各会場を主催くださいました皆様、会場にお運びくださり会を盛り立ててくださった皆様、また会には参加できなくとも募金や裏方でご参加くださった皆様、皆様の並々ならぬご努力で本当に充実した時間を刻めましたこと、感謝申し上げます。

今年はいつものキャンペーンと違ったことがいくつかありました。

①5代目駐在員岡野鉄平の報告会、②東北限定開催、③収益金の使い道をカンカニの学校建設に明確化、④新たなアーチスト小野雅也さん(サックス)の参加、など。参加者の皆さんは、現場の臨場感たっぷりの話を聞き、古屋和子さんの「シアトル酋長のメッセージ」に背筋を伸ばし、若手ミュージシャンらの爽やかな音楽に心を弾ませてくださったことと思います。事務局には「もっといろんなひとに聞いてもらいたかった!」との声があちこちから寄せられています。

ところで、一番気になるキャンペーンの収益ですが、会計報告はまとまり次第ニュースとしてお流ししますが、カンカニの学校を作るために最低限必要な資材費10万円は、今回のキャンペーンで確実に達成したようです。カンカニの子供たちの喜ぶ顔が目に浮かびます。本当にどうもありがとうございました。

人間の尊厳が試される大地

IMG_6557.JPG  温暖化のせいでしょうか、日本も異常気象の夏になってしまいました。エチオピアの私たちの活動地でも、雨期が1カ月遅れたようです。普通6月下旬から雨が降り出すのですが、一向に降らず、水道からの水も3週間止まったようです。これまで1週間水が来ないという経験はありましたが、3週間とは、近年ありませんでした。

 私たちが植える木は3mほどになれば自力で育っていくものですが、今年ばかりは方々で枯れていました。この間、村の人々はどんな暮らしをしていたのでしょう。今回すっかり雨が降り出した7月末に、私はスタディツアー参加の会員をお連れしてエチオピアを訪れましたが、その凄まじさの一端を垣間見ることになりました。

 私たちの掘った溜池のひとつを訪ねた時のことです。雨期の雨を得て、溜池は満々と水をたたえているのですが、何か様子がおかしいのです。そう、私たちが周囲に植えた木が全部折られているのです。おまけに牛の水飲み場や洗濯場にはたくさんの石が突っ込まれ、併設された畑にも緑らしきが何もなく見る影もありません。

 話を聞くと、雨期が1カ月遅れ、人々は溜池の底の泥水を3日に1回順番にすくっていたようです。しかしいよいよ状況が厳しくなると、管理を任されている9家族が、他の人々に「水を使うな」といい出した。確かこの溜池は200人ほどが使っていたはずです。案の定、騒動が起き、この顛末だったようです。

アムハラ州は70・80年代に大干ばつで多くの人々が亡くなった所です。水のない恐怖は私たち以上に彼らのDNAに刻まれていることでしょう。実は、アフリカの紛争の多くは、水問題によって引き起こされています。「アフリカは民度が低いから」という方がありましたが、皆さんはどう思いますか。ギリギリの状態で、私たちは果たして分け合うことができるでしょうか。

「もちろん!」といい切る勇気が私にはありません。待てばいずれ給水車が来るわけではない灼熱の大地です。余裕があるからこそ私たちは理性的でいられるのでしょう。人間の尊厳が試されるような厳しい現実が、まだまだアフリカにはあるのです。

出版記念講演会

090705出版記念講演会にて.jpg 7月5日、木更津の小玉一枝理事が「よみがえれフー太郎の森」の出版記念講演会を開催してくれた。会場は上総アカデミアホール。フー太郎のキャンペーンやチャリティコンサートでもお馴染だが、国際会議場などが開催される静かな森に包まれた施設だ。

 小玉さんはじめ上総の皆さんとはフー太郎の創設からずっと一緒だった。だから今さらフー太郎の話をする必要などなく、私は上総と私がつながるきっかけになった拙著「楽園に帰ろう」とそれ以後の私の思いを語った。

 私はきっと不器用なのだろう。自分の体験や行為から、自分の中に向かうことでしか自分のことを語れない。フー太郎でボランティアを11年やって得たものは、私がアフリカに向かう前に感じていた「心の真ん中に空いた穴」をすっかり埋めてくれそうな「つながり」だった。

30代の私は「自分のコスモス」を見出すことで「心の穴」を埋めようとした(「一人教の教祖になれ」は「楽園」の大テーマ)。しかしボランティアはそんな問題を軽々と乗り越えて、どんな神話(宗教や信条)を抱いていても、お互いつながることができるダイナミズムを持っていた。違いを認めながらも、今差し迫った問題のために手を携える。私たちはただ響き合えばよかったのだ。

 いつもと違う私の話に面食らう方もあったが、「今日は本当に来て良かった。フー太郎に対する思いが満たされた」と語ってくれた方もあった。

 孤独感や無価値観にさいなまれる若者たちよ、何でもいいからボランティアに汗を流そう。あなたは必要とされているし、あなたのことを認めてくれる大勢の人に出会うから。そこにはあなたの居場所がきっとあるから。

海外で働く夢をかなえよう

先日JICA東北の高橋課長がフー太郎の事務所にいらっしゃいました。その時の話ですが、協力隊員の応募が90年代から半減して、年5000名ほどしかいないようです。JICAは年2000名を派遣したいが、特に教員、養護、農業関係が3割程度しか要望を満たせていないとか。
 近頃、巷は海外留学ブーム。一方、海外ボランティアは敬遠気味だというのはどういうわけでしょう。しかも仕事がないと大問題になっている時代に…。今、海外で仕事をしたいと思っていた方には、大変いいチャンスが訪れているのではないでしょうか。教員といっても教員免許は要らないし、語学もあとで勉強してもらうようで、青年海外協力隊は、以前より随分ハードルが低くなったと感じました。「冒険心は充分あるけど、海外の事情が分からないので心配」なんて方でも、期間は2年間だし、日本政府の機関で給料や宿舎の保証があるので、飛び込みやすいかもしれません。
 私は高校生まで太平洋の海岸べりで育ったのですが、「あの水平線の向こうには何があるんだろう」と、考えているような子供でした。また叔父が外国船に乗っていて、航海から戻るたびに我が家には異国の匂いのする土産品や、当時、日本では珍しかったサンキストのグレープフルーツやオレンジが箱入りでありました。箱をそっと開いて香りに満たされながら、「私も外国に行きたい!」と、幼い私は叔父に打ち明けたりしたものです。
 しかし、よもや38歳で海外協力のためのNGOを自ら立ち上げようとは、想像もしませんでした。人生とはつくづく愉快なものですね。あなたも子供の頃に見た夢、果たしてもいいのかもしれませんね。

議論をしている時ではない

  昨年支部になって下さった長野県の方から電話がありました。参加した某氏の環境関連の講演会で、「フー太郎の森基金は木を植えても地元の人たちが炭にして売っています」と、名指しで中傷めいた話をなさっていて心配になったと。講演の流れなどが分からないので、言葉尻を捕らえて反応はしたくないので、事実をお知らせしたいと思います。
 まず、フー太郎が2000年から植林してきた木は、水源地のカンカニを除いて、伐採禁止区域(世界遺産の半径5㎞以内)にありますので、炭にされる心配はありません。さらに家畜の侵入の心配があるので、森林保護管を11名雇って430haの管理をしています。しかしそれでも伐採されることがあります。それは道路拡張などの開発によるものが主です。
 それから伐採禁止区域から外れるカンカニは、現在、最も力を注いでいる植林地で、一昨年から植林が始まっています。私たちはここに水源涵養林の造成を進めていますが、3200mの高地の上、植えてからまだ日も浅いので、残念ながら、炭になるような木は生産できていません。
 ラリベラの人々は燃料を炭や薪に頼って生きている人たちです。化石燃料を使い放題使っている私たちが木を切るのとは、まったくその意味も違ってきます。私たちの緑化事業の一番の「敵」は「伐採」ではなく、「貧困」なのです。だからそのためにも環境教育による意識改革と実践による技術移転が大切なのです。この10年ラリベラの子供たちとそれを続けてきて、少しずつ成果が出てきていると感じています。私たちの活動はホームページだけではなく、いろいろお伝えする機会もありますので、是非そちらで詳細をご覧ください。
  それよりも私がお伝えしたいのは、環境問題の手法や方法論を議論する時代は終わったということです。議論していても何も変わりません。私たちは一刻も早く、一人でも多くの人が砂漠化防止、温暖化防止、安全な水や食糧の確保と公平な分配などのために「実践」しなければ、子供たちの世代にこの地球を手渡していくことはできないでしょう。
  たぶん私たちがとった対策の検証結果が出るのは数10年先のことでしょう。今、こっちの方がいいだとか、それは間違いだとかいっている猶予はもうないのです。みんなが正しいと思ったことを今すぐやり始めなければ、取り返しのつかないことになる。地球はもう後戻りできない状況になってしまうでしょう。
  環境問題に特効薬や万能薬などないでしょう。「何とかしよう」という多くの人の意識と実践が地球を救うのだと私は信じています。ノーベル平和賞を受賞したゴアさんの「不都合な真実」をご覧になった方ならきっと共感してくださるでしょう。諦めず、絶望せず、みんなで手を携えてやっていきましょう。

万象更新

 最近始めた趣味に篆刻があります。そこで今「万象更新」という字を彫っています。1年かけて手掛けた「よみがえれフー太郎の森」(東京新聞出版局から5月25日に発売)の奥付の校正が終わって、次に移るために仕事も心も、ついでに体もリセットしようと思い、この字を選びました。
 人は意識以上の現実を見ることはできないといわれています。なら、今と違った現実を見たいのなら、意識を変えるしかありません。常に新しい自分であり続けることは可能です。だから時々自分をリセットしましょう。

脳の活性化やってますか?

HP代表ブログ.jpgホームページをリニューアルするにあたり、フー太郎の代表で、しかもライターというのなら、ひとつスペースを持つようにと、製作者や事務局から迫られました。私は根が怠け者で飽きっぽいので、毎日何かをコツコツやっていくことが大の苦手です。まったく不定期になると思いますが、事業に関係することばかりでなく、いろいろ思うことを書いていきたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

 

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