コラム

林 牧美さんを紹介します

 皆様、はじめまして。4月からフー太郎の森基金事務局担当になりました、林 牧美です。
主人・息子と3人で相馬に越してきて2年目を迎え、ようやく相馬の楽しいところを発見できるようになりました。
 香織さんはとってもパワーがあって楽しい人だからと、知人の紹介であっという間にこちらでお世話になることとなりました。佐藤さんがいろいろな面で心を配り、大切に皆さんとつながってきたのだと実感しながら引継ぎをしています。
 まだまだ悩みながら仕事をしている毎日ですが、どうぞよろしくお願いいたします。



佐藤智恵子さんが退職しました

 事務局を10年間守ってくれた事務局長の佐藤智恵子さんが5月末をもって退職しました。
自宅の引越しでいわき市に移ることになり、残念ながら新たなスタートを切らざるを得ませんでした。4月から事務局に加わった林 牧美さんへの引継ぎはもっぱら佐藤さんが電話で。ホームページの更新なども佐藤さんがしてくれています。何かまだ『フー太郎の人』であります。皆さんもちょっぴりぽっちゃりした佐藤さんに声をかけてあげてください。

被災地は今

6月16日ユアスタでのフー太郎.jpg 皆さん、ご無沙汰ばかりで申し訳ありません。震災から16ヶ月が過ぎようとしています。
人生においてこんな密度の濃い時間はなかったかもしれません。そして、ようやく落ち着いて周りを見渡せるようになったかもしれません。
 6月16日には、べガルタ仙台のホームスタジアムに行ってグッズ販売などをしてきました。スタジアムには1年半ぶりに出掛けて行ったフー太郎でしたが、皆さん、声をかけてくださり、持って行ったエチオピアコーヒー20パックも完売でした! どうもありがとうございました。
 来年1月にはまた、ベガルタ仙台のコーチをエチオピアに派遣してサッカー教室を開きます。「なぜフー太郎がサッカーを?」 という声も確かにありましたが、これを機会にフー太郎の活動の裾野が国内外とも驚くほど広がりました。
 ボールが2個寄贈されたラリベラ郊外の小学校では、70名だった生徒が150名に増えたそうです! どうやらみんな、ボールで遊びたかったらしい。男の子も女の子も休み時間にボールを持って元気に広場へ駆け出して行きました。

仮設入居者への生活物資配布会

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相馬市では430日に第1回の仮設入居が始まりました。そこで、今回入居の58戸を対象に、51日、フー太郎の森基金は電化製品や家具、日用品などの生活物資の配布を行いました。相馬市の回覧での呼びかけに応じた相馬市民が、午前中は続々会場の角田公園に物資を運び込み、午後には入居者への配布会となりました。

今回は市内だけではなく、東京、横浜、山形、古川、仙台、猪苗代、須賀川、福島、南相馬などのメンバーが大量の物資を車に乗せて駆けつけ、あるいは宅配便で送付くださいました。

お陰で入居者の皆さんは豊富な品物の中から、お気に入りのものを自由に選ぶことができ、大変喜んでいただけました。今回は中古車(三菱スペースギア)の抽選会のお楽しみもあり、結構な盛り上がりでした。

今後、配布会は仮設の入居に応じ、2週間に1度のペースで行う予定です。次回は515日、刈敷田集会所が会場です。

福島民報2011年5月3日(火).jpg

ミュージックちゃんこが大人気!

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427日、福島県新地町の福田小学校の避難所を訪問。ちゃんこ鍋を提供しました。ここは被災者が自ら炊き出しをしているので、一食でも炊事の手間を省いてあげられたらと思ったが、薪の釜を見て一同ショック。結局、被災者のおじさんに炊きつけをしてもらいました。鎌倉からの若者5人組が今回のメンバー。実家が相撲部屋というガッツくんの指導のもと、本格ちゃんこを作りました。今回初めて参加のガッツくん、龍麿さんお2人はミュージシャンで、ギターで歌も披露。みなさん、お腹も心も満腹のようでした。

ご心配をおかけいたしました

このたびは皆様に大変ご心配をおかけいたしました。


フー太郎の支援者の皆様からは、温かいご声援、支援金、物資の提供など賜り、感謝申し上げます。


事務局のある建物のすぐそばまで津波が押し寄せ、2週間以上たった今も、ここはまるで瓦礫の中に浮かぶ島のようです。そんな中でも、現在はライフラインが完全に復旧し、通常の業務ができるようになっております。


海岸からほど近い実家の周辺は、町がひとつ消えてしまいました。一昨日、実家の周辺を歩いていたら、父親が板に描いたフー太郎の絵を見つけました。これに力づけられさらに周囲を探していたら、実家の屋根を発見、自衛隊の重機で除けてもらったところ、アルバムや祖母の葬儀の写真、父親の画材など数点を拾うことができました。フー太郎が呼んでくれたんですね!


ところで、311日から今日までのことを別紙に書きとめてみましたので、どうぞご覧ください。


フー太郎の森基金代表 
新妻香織

ラリベラでサッカー教室実現

JICA東北、ベガルタ仙台、フー太郎の森基金の共同企画として、昨年夏より始まったベガルタ仙台のコーチをエチオピアに派遣する事業。来年1月6~14日に派遣時期が決定し、育成部の井上和徳コーチと福田直人コーチが派遣に手を上げてくれた。エチオピアでは4回の教室開催を予定しているが、標高が2500mを越えるような高地ゆえ、果たして走り回れるのか心配しながらも、Jリーグでの初めての試みとなるNGOとの海外での協力事業に意欲を見せている。

 今回の派遣旅費(100万円)はフー太郎が負担することになり、半分はエチオピアコーヒーの販売と募金でまかなわれた。エチオピアで一番おいしいと評判の「トモカ」のコーヒー250gを1,500円、500gを2,500円で販売し、このうち1,000円、2,000円が旅費として積立てられた。また毎月1回ベガルタのホームユアテックスタジアムに出店し、コーヒーやグッズの販売をしながら募金を呼びかけた。残りの50万円は福島県にある住宅メーカー「株式会社ニーズ」が協賛金を集めてくださったおかげで、目標額を無事達成できた。

 今回の企画にはサッカー教室以外にも様々な取り組みを盛込んでいる。例えばベガルタ杯のサッカートーナメント戦。到着時にラリベラでは決勝戦を行う。また日本とエチオピアの子どもたちが「4年後、きみたちがこうなっていたらいいなぁ」という願いを書いてタイムカプセルに埋め、次のワールドカップの時に開ける。それからスタジアムで売られたコーヒーの紙コップにはメッセージが書込まれ、ラリベラで苗木のポットにする。そのための種まきや植林もひとつのイベントだ。

 JICA東北はマスコミ派遣の事業をこの企画にドッキングさせてくれた。仙台のTV局東日本放送がツアーに同行し、55分のドキュメンタリー番組を作ってくれる予定だ。

 世界陸上で中・長距離の上位を総なめする心肺機能の高いエチオピア人だが、FIFAのランキングは131位と振るわない。今回アジスアベバのクラブチームも訪問する予定だが、将来ベガルタで活躍するエチオピア人選手が輩出する、かもしれない。

外務大臣表彰受賞に思うこと

来賓の杉良太郎さんと.JPGフー太郎の森基金が平成22年度外務大臣表彰に選ばれた。春に在エチオピア日本大使館から表彰の「推薦」をいただいたものの、なかなかお返事がなかったので、「駄目だったのかな…」と思い始めていた。そうして6月28日スタディツアーの参加者をお連れしてラリベラに着いたその日、受賞のニュースが日本事務所から届いたのだ。ツアーの参加者はみんな古くからフー太郎を応援してくださる方々ばかりだったので、みんな誇らしい気分だった。その夜のエチオピア事務所の歓迎会は、急遽、表彰を祝う会になり、スタッフみんなで喜び合い、またその労をねぎらった。

7月14日、外務省の飯倉公館で催された表彰式には、私と深川副理事長が出席した。受賞者には、韓国問題に詳しい小此木政夫氏や平田オリザ氏などの姿もあった。

9月でフー太郎は創設13年になる。「エチオピアの乾いた大地に、1本から木を植えていきましょう」と、福島県の相馬市でささやかにスタートした。たった一人のスタートだった。植林の知識もなく、海外援助や市民活動の経験もなかった。おまけにお金もなかった。本当に1本でもいいから木を植えたいと思っただけだった。こんなささやかな思いが、40万本の植林や、8つの溜池、あるいは3つの学校などへと結晶していったのは、フー太郎に関わってくださった一人ひとりのみなさんのおかげだ。みんなで手さぐりでここまで歩んできたのだ。

10数メートルのユーカリの林になったラリベラ小学校の西斜面。ここは1代目の駐在員以来、子供たちと一緒に木を植え続けていたところだ。混植すれば大丈夫だろと、私たちはさまざまな樹種の中にユーカリも混ぜて植えていた。ところがこの強靭な木は他の木をすっかり駆逐し、この10年でユーカリの林を作っていた。確かに緑にはなったが、この急斜面の土壌がやがて侵食されていくことは目に見えている。しかし学校がなかなかユーカリを切らせてくれなかった。

ところが先日ラリベラ小学校を訪れると、ユーカリの林が無くなっていた。3年前にもツアーに参加した丹治さん、松岡さんはあまりにも寂しくなった斜面に唖然としていた。そして参加者の皆さんでここに木を植え直した。大丈夫、きっと数年後にはここに在来種の林ができているはずだ。誤りを正していくのには勇気がいる。試行錯誤は私たちの「十八番」でいい。

2010年もどうぞよろしく

 みなさん、こんにちは。随分御無沙汰でした。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 言い訳になってしまいますが、私は何かに夢中になると、他のことに気が回らなくなる子供みたいな性格で、11月にエチオピアから帰国して以来、そんなことに頭をいっぱいにしてました。

 そのひとつがベガルタ仙台のコーチ派遣です。J2で優勝、J1昇格を決め、さらに暮れの天皇杯では準決勝でガンバ大阪を翻弄したベガルタ。昨年9月より、ベガルタのコーチをエチオピアに派遣してサッカー教室をやってもらう事業の準備がスタートしていましたが、本当にスタートが昨秋で良かった。今ならきっと相手にしてもらえませんでした!

 ちなみに、JリーグがNPOと組んで海外派遣事業を行うのはこれが初めての試みだそうです。是非成功させて、他の地域でもクラブチームとNPOが協働で社会貢献できるいい事例になればと願ってます。またこの事業では日本とエチオピアをつなぐいろんな仕掛けを考えていますので、順次紹介してまいります。お楽しみに!

 

エチオピアでサッカー教室を

サッカーコーチ派遣企画.JPG

920日、ユアテックスタジアムは人の波で埋まっていた。サポーターらが作る絵文字やウェーブを見ていると、感動で目頭が熱くなる。この日栃木FCとの試合に16000人を超える観客が仙台市泉に集まった。13時キックオフだというのに、朝からゲートには行列ができていた。10時半になると続々観客が入場してくる。私たちフー太郎の相馬支部の6名は、メインゲートに程近い通路に2台の机を頂き、朝各自がポットに詰めてきたコーヒーやエチオピアのグッズを販売するのだ。

 というのも、エチオピアの子供たちにサッカー教室を開催してほしいという我儘を、ベガルタ仙台の斎藤美和子課長が聞き入れてくださり、20111月に2名のコーチを派遣することが了承された。そこで月1回、ホームのユアテックスタジアムに出店して旅費を募ろうという次第。おまけにスタジアムの出店料はベガルタさんが負担して企画を支えてくださることになった。

 そんなことで、スタジアムで売り子となった相馬支部の面々は、ラッシュアワーの新宿駅並に行き交う人の波に面食らいながらも、掛け声をかけながらコーヒーを売ったり、チラシを配ったり、大変な奮闘をしたのだった。

 ご存知のようにエチオピアはコーヒー発祥の地。その1番有名なTOMOKAのコーヒーは、香り高くコクがあり大変おいしいものだ。日本でも500gのパックが2000円で売られていると聞いた。その豆で入れたコーヒーが一杯100円とあって、用意してきた80杯はあっという間になくなってしまった。またエチオピ産のハイビスカスやカモミールのお茶も好評だった。

ところで、栃木FCとの試合は終始ベガルタが優勢で20で勝利した。現在J22位をキープしているベガルタ仙台だが、J1昇格を目指してサポーターの応援も益々熱くなっている。コーチ派遣の企画もこれから皆さんと一緒に盛り上げていきたい。次回の出店は1025日。スタジアムにお越しの際は、私たちのお店にぜひお立ち寄りください。

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