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2007年の報告

フー太郎と行くエチオピア スタディツアー2007

植林ツアーの参加者から寄せられた報告

期間:2007年6月22日(日)〜6月30日(日)
参加人数:21名

雨の中、子供たちと泥にまみれながら木を植えたこと、溜池サイトの集落で、昔ながらの民家にお邪魔してインジェラをご馳走になったこと、現地の人々とのふれあいは、忙しさのなかで忘れてしまった大切なものを思い起こさせてくれ、私の人生の宝となった。
(基金理事 飯高千恵子さん)

植林の時、作業を一緒にした現地のひげ面の大人たちの顔、雨の中濡れたマフラーを頭に巻いた小学生たちの顔を見た。みんなとても良い顔をしていた。木を植えることには人を未来に駆り立てる力があるのだ。子供たちは植えた木をこれから何度も見るだろう。その木が教師となる時、大地と人は本当に良い関係を結ぶと思われた。
(福島市 丹治計二さん)

ラリベラを歩くと、村のあちこちに植林の成果を見ることができる。今は小さな林であるが、やがて大きな森になるに違いない。これこそがフー太郎の足跡ではないだろうか。
(鳥取市 松岡和江さん)

エチオピアで数日過ごして感じたこと。それは日本とはまったく違う現実がこの世界に存在するということ。物資に恵まれている日本で、不自由のない生活でつくられた「ものの見方、考え方」は日本でしか通用しないんだということを強く感じた。木は植えたところがスタートであり、ゴールではない。もう一度エチオピアに行き、木が育っていることをこの目で確認したい。
(金沢市 峰野宗さん)

今年もツアーに参加してくれた京都文教大学文化人類松田ゼミの皆さんからも、たくさんの報告が届いています。

このツアーは今まで私がしてきたボランティアについて多くのことを考えさせてくれました。遠く離れた国で、見えない誰かの為に同情の気持ちでしていたボランティア。果たしてそれが本当に彼らのためになっていたのだろうか。一方通行のボランティアでなかったか。植林は現地の人々と協力して一本の木を植える。私とラリベラの子供たちが一緒に植えた木もここで育ち、やがて森になるのだと、とてもうれしい気持ちになりました。お金じゃ伝えられない喜び、幸せを一方通行ではなく私自身もこのツアーでもらいました。
(京都文教大学 安静慧子さん)

カルチャーショックがものすごくて初日は泣いてしまったけれど、もっと人々の生活に密着し、今どのような状況なのかをもっと知りたい。もう一度お金をためてエチオピアに行き、さらに濃い学びをしたいと思っています。エチオピアに来て世界観や考え方が広がり、とても内容の濃い2週間でした。
(京都文教大学 安倉彩栄子さん)

一番最初に感動したのはラリベラの教会だった。ラリベラの教会といえば洞窟のような建物で、とても広く大きい。それらはすべて繋がっているのが特徴で(セント・ジョージ教会以外は)、ノミと槌のみで作られたといわれる。これらの遺跡を見て、私はさらにアフリカの遺跡に興味を持ち始めた。もっとたくさんの未開の地へ行ってみたいと思い始めた。周りとは少し目的の違う視点だが、それをみつめることもまた、エチオピアの人々との交流になると確信している。
(京都文教大学 伊田涼子さん)

今の日本という国は、物が溢れていて物を大事にする習慣がなくなっている。逆に言えば、無駄なものが多すぎると思う。日本に帰ってきて思ったのは「これは本当に生きていくうえで必要なものなのか?」と、多くの物に疑問を持ちました。
(京都文教大学 木村明日夏さん)

今回の植林活動や、小学校でフー太郎の皆さんが古着を渡したり、ノートをあげたりといった行動を通して、どれだけこの行いがエチオピアの人々の心に響いたのか、また逆にこれからのエチオピアに対して、どのような「援助」をしていけば良いのか、たくさんの疑問や考えがでてきました。形だけの「援助」、自己満足の「援助」ではなく、本当に現地の人々に資金や物資が届けられ、生活の潤いがなされるような「援助」ができるように、エチオピアに限らず、他の国にたいしてもおこなわれればいいなと思いました。
(京都文教大学 小松恭子さん)

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