温暖化のせいでしょうか、日本も異常気象の夏になってしまいました。エチオピアの私たちの活動地でも、雨期が1カ月遅れたようです。普通6月下旬から雨が降り出すのですが、一向に降らず、水道からの水も3週間止まったようです。これまで1週間水が来ないという経験はありましたが、3週間とは、近年ありませんでした。
私たちが植える木は3mほどになれば自力で育っていくものですが、今年ばかりは方々で枯れていました。この間、村の人々はどんな暮らしをしていたのでしょう。今回すっかり雨が降り出した7月末に、私はスタディツアー参加の会員をお連れしてエチオピアを訪れましたが、その凄まじさの一端を垣間見ることになりました。
私たちの掘った溜池のひとつを訪ねた時のことです。雨期の雨を得て、溜池は満々と水をたたえているのですが、何か様子がおかしいのです。そう、私たちが周囲に植えた木が全部折られているのです。おまけに牛の水飲み場や洗濯場にはたくさんの石が突っ込まれ、併設された畑にも緑らしきが何もなく見る影もありません。
話を聞くと、雨期が1カ月遅れ、人々は溜池の底の泥水を3日に1回順番にすくっていたようです。しかしいよいよ状況が厳しくなると、管理を任されている9家族が、他の人々に「水を使うな」といい出した。確かこの溜池は200人ほどが使っていたはずです。案の定、騒動が起き、この顛末だったようです。
アムハラ州は70・80年代に大干ばつで多くの人々が亡くなった所です。水のない恐怖は私たち以上に彼らのDNAに刻まれていることでしょう。実は、アフリカの紛争の多くは、水問題によって引き起こされています。「アフリカは民度が低いから」という方がありましたが、皆さんはどう思いますか。ギリギリの状態で、私たちは果たして分け合うことができるでしょうか。
「もちろん!」といい切る勇気が私にはありません。待てばいずれ給水車が来るわけではない灼熱の大地です。余裕があるからこそ私たちは理性的でいられるのでしょう。人間の尊厳が試されるような厳しい現実が、まだまだアフリカにはあるのです。








